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Interview2024#立川譲
#2-3

越境クリエイターシリーズ#2-3
オリジナルから100億超の原作超大作まで、なんでもこなすバランサー:メンタル・フィジカル強者のアニメ監督 立川譲

アニメ監督

立川 譲

Yuzuru Tachikawa

 1981年生まれ。数々の大ヒット作を送り出したアニメスタジオ、マッドハウス出身。マッドハウス在籍時より早くから演出・監督に従事。2015年には原作・脚本・監督を務めた『デス・パレード』が放送。2018年には劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』の監督に抜擢され、当時の歴代最高興行収入となる大ヒットを記録。報知映画祭、日本アカデミー賞にて優秀作品賞を受賞。
 そして2023年劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』で再び監督を務め、シリーズ史上初めて興行収入130億円を突破する快挙を達成。同年には青春音楽漫画『BLUE GIANT』の監督も務めている。またTVアニメ監督作として「モブサイコ100」シリーズ(16年~)、「デカダンス」(20年)など。

 「越境クリエイターシリーズ」では、漫画原作者、映像脚本家、映画監督、アニメ監督などを掘り下げ、「メディアを越境するクリエイターの原点」をたどっていく。

 第二回は、劇場版『名探偵コナン黒鉄の魚影(サブマリン)』や『BLUE GIANT』など大ヒット映画を手掛けた立川譲監督。40代という若さでありながら、すでに原作から数百万人のファンを集める大規模作品から、自ら原作・脚本・監督すべて手掛けたオリジナル作品『デス・ビリヤード』まで広く手掛け、マッドハウスからトムスまで様々な職場を渡り歩いてきた新進気鋭のアニメ監督でもある。”越境”という意味では、漫画作品をアニメという映像に移しこむ「アニメ化」そのものが越境であり、数百人が関わる大チームの劇場版を熱狂的なファンも納得する形で創り上げ、興収100億円に到達させることそのものが「偉業」ともいえる。立川監督がそうした”越境力”をどう手に入れていったのか取材した。

インタビュアー 中山淳雄(エンタメ社会学者)

Contents

#2-3(『BLUE GIANT』&オリジナル編)


演奏者の脳内映像」を取り出した画期的アニメ『BLUE GIANT』

2023年は『黒鉄の魚影(サブマリン)』が4月、『BLUE GIANT』が2月と大ヒットアニメ劇場版を2本も担当されました。

 『BLUE GIANT』が長引いてしまって、重なってしまったんです。『モブサイコ100 III(2022) も並行していたので、朝に『モブサイコ』やって昼に『BLUE GIANT』にいって、夜に『黒鉄』をやる、みたいなとんでもない状況でしたから、2022年はかなり大変な1年でしたね

―ジャズはもともと聞いていたんですか?

 あまり聞いたことはなかったんです笑。ただスタッフに詳しい人が多いのでその意見をとりいれながら作っていました。ジャズに詳しい人だけで作ると「硬質のジャズアニメ」になっちゃうんです。基本的にアニメはジャズを知らない人たちも見るので、素人の視点も大事で、初めてこのアニメで聴いてあとから口ずさめるくらいのものにできるといいな、という気持ちで作りました。

―「上達」をうまく表現していくことも難しそうだなと思いました。演奏者は上原ひろみさんなどプロを使っているわけで、彼らが「学生時代の演奏」を弾くほうが難しいだろうな、と。

 そうなんですよ。プロに演奏してもらうと、どんなに下手に叩いてもうまくなっちゃうんです。スティックの叩き方1つで技量が判断できる世界なので、最初の場面はジャズをやったことのない下手なスタッフに叩いてもらって、それで「上達」の幅をみせていきました。収録は全部立ち会いましたので、終わった時には私もそこそこジャズに詳しくなって、いまではブルーノート行ったり、個人の趣味としてジャズを聴くようになりましたね。

―アニメと音楽というのはどちらを先に作るんですか?

 「音楽にあわせてアニメを作っていく」順番です。ジャズって演奏してみないと尺がわからなくて、ソロ部分を「何周するか」で尺が決まるんですよ。だから最初に尺にあわせて何周目で終わらせるかだけはきめておいて、その8分間なら8分間にあわせて、絵をあてていきました。

―音楽の表現が本当に凄かったなと思います。人物でも景色でもないイメージビジュアルがぬるぬると動いたり、ライブ会場に鳥瞰カメラがあるかのようにぐるぐるとまわったり、「音の世界のアニメ映像化」ってすごく難しかったのではないでしょうか?

 ライブの音の表現に関しては、演奏だけずーっと聞いていると胃もたれしてしまうので、その演奏者が頭のなかでどんなイメージをしているのかを取り出そうとしました。あれは「演奏者の脳内映像」をアニメにしたんです。基本その曲のシークエンスにあわせた「色」は決めておいて、イメージボードで試行錯誤しながら作っていきました。そうしたら上原ひろみさんも驚いていて、「演奏中、本当にああいう映像見ているんですよ。自分がライブ会場にいて鳥の目から自分の演奏風景を見ている瞬間がある。タイミングもあっていて、よく音楽をやってた人間じゃないのに分かりましたね!?」と言われました。

―本当に「演奏者の脳内映像」の取り出しに成功したんですね!実際に興行収入は13億、「泣ける映画」ということで口コミがどんどん広まってヒットしました。第47回日本アカデミー賞で優秀アニメーション作品賞に輝き、海外でも宣伝活動されてましたよね。

 2023年は、フランスのアヌシーから、イギリス、オランダ、中国ですね。海外のファンの反応は、ちょっと日本と違うんですよね。会場全体がコミュニケーションとりながらインタラクティブで、「楽しい」感じが講演側のこちらにも伝わってくる。特に『BLUE GIANT』は年齢層が高くて、「久しぶりにアニメをみた」といっている人も多かったので、普通のアニメとは違う人たちに届いたんだと感じました。


世界のマスを相手にする日本アニメ産業。2030まで仕事が埋まり、人材育成が喫緊の課題

―様々な作品を監督・演出されていますが、やはり最終的にはオリジナルのほうが面白いですか?

 どちらも面白いんですよ。制限があったらあったでそこから創造の幅も広がりますから。すでに作品があってキャラがしっかり立っているなかで、それをどう生かして、どう描いていくか。オリジナルですと、もっと自分の内側にあるものを掘り込んでいく作業になるので、それはそれでしんどい部分があるんですよね。「オリジナルしか作らない!」という人もいると思いますが、オリジナルと原作ありの作品を交互にやっていくスタイルが自分には合っていると思います。

―実際にアニメ制作会社の“野望”を聞くと、皆さん「オリジナルアニメの成功」というのをよく言われるんですよね。ただ実際は年間300本近いアニメのなかでオリジナル比率ってどのくらいなのでしょうか。

 もう9割が「原作あり」ですね。これはクリエイターのせいというよりは収益性の観点で、「アニメ製作委員会としてファンが顕在化して投資回収しやすい原作付きアニメ」が好まれるからです。ただこれでも昔に比べたらアニメのファン層が広がったこと、投資の出し手が多くなったことで、オリジナルの割合は増えてはいて、アニメ制作者にはよい時代になってきているとは言えます。

―2000年代前半にアニメ業界に入られて、今のアニメ市場をどう見られてますか。

 一番の変化は海外ファンの熱量ですよね。マッドハウスに入社したばかりのころは、アニメがどんどんニッチ向けになっていった時代なんです。DVDが売れていた時代なので、高額でもそれを買ってくれる年齢高めのアニメユーザー向けにハーレムものや美少女ものがふえていった。それに対する危機感は感じていて、このまま狭くなっていったらアニメはずっと一部の人のためのものになってしまうんじゃないかと思いました。 それが2010年代以降は海外配信で市場が広がり、これまで考えられないくらい広い層に向けて、様々なアニメ作品が作られるようになりました。

―市場はまさにいま好景気、ですがアニメ制作会社の視点ではいかがでしょうか?

 新しいスタジオは立ち上がってますけど、アニメーターの母数自体は増えていませんよね。製作委員会はたくさんあって、3年後、4年後のアニメ企画がどんどん作られているので、正直パンク気味です。若手を育てないと本当に厳しいです。

―仕事はどのくらい先まで埋まっているものなのでしょうか?

 アニメは2-3年先のものを作り始めるのが通常なので、現状は2026とか27年の仕事をしています。その後も案件は決まっていて、私の場合は緩いものも含めると2030年くらいまではどの作品を担当するか、というのは決まっている状況ですね。

―恐ろしい状況ですね!向こう7年分、もう50歳くらいまでの仕事が積まれているんですね・・・だからこそ「作れる人間」をもっと育てる必要がありますよね。

 課題は、アニメをやり続けた先の成功の道がみえづらいこと。「1億円稼ぐアニメーター」みたいなハリウッドスターのような目標がないと、すそ野が広がらない。PIXARには5000万、6000万円と年収をもらっている人たちがいるじゃないですか。アニメ業界もそうした新しい人がどんどんかけあがった先の「目標になる人」が欲しいですね。

―立川さんがこれだけ成功を収められたのはなぜなのでしょうか?

 どうなんでしょうか。私の場合は特に何かこれが、というのはないんですが、強いていえばバランス型でどんな作品も断らずにやってきたことでしょうか。あと、一度もこの業界をやめようと思ったことはないので、何より心と身体が丈夫だったんですよね。

―この先のビジョンとか、やってみたいこととかありますか?

 そろそろ43歳で監督としても中堅になってきました。もうしばらくしたら、やりたいことを絞っていくタイミングかもしれません。アニメの世界で一通りやってきて、人間ドラマが好きで、恋愛系やバトル系よりも、もうちょっとシリアス寄りの作品のほうが自分には向いているんだろうなとも思います。今後で言えば、PVとか実写なんかにもトライしてみたいですね。

―正直「巨匠」と言われる人たちも最初からそんなに尖ってたわけじゃないと思うんですよ。若手のときには立川さんのようにうまくバランスをとってきた。ただ出世作がどんどん出てきて、実績と組織の責任の中で、絶対成功させないと、ということでどんどん「キャラが強くなっていった」気がするんですよ。その意味では立川さんのような人には、このままどんどん「自我」を出していってほしいとも思います。

 そうですね。「もっとワガママになれ」というのが次のテーマですね。そのうち「100カメ」に出てリテイク出しまくっているかもしれません(笑)。でも私のようなのはレアキャラで、アニメが大好き!というタイプでなくてもこれだけ長くやってこれる業界ではあります。そうした中で、好きを突き詰めてやりこむ人間というのはその後活躍されている方が多いんです。60-70代で現役を通している監督はいますし、コナンでも65歳でずっとキャラクターデザインやっている方もいるんです。そうした方々もアニメの最終局面はみなオフィスで段ボールに寝ていたりします(笑)。そういう意味では、精神的には若い業界ですし、最終的に作品を作るということに情熱をかけている人たちの集まりなので、若い人たちにはもっとアニメ業界を目指してほしいですね。

―確かに立川さんは「アニメ監督」というよりは、総合商社やコンサルにいてもおかしくないようなフラットさやバランス感覚、コミュニケーション力を感じます。「オタク」でなくても、そういう方々が創り手としてどんどんアニメ業界に入っていく時代にならないといけないんだなと感じました。ありがとうございました。

 

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