越境クリエイターシリーズ#1-3
7つの異名を使い分け、漫画・ドラマ・アニメ・映画で100作以上を手掛ける千変万化のストーリーテラー樹林伸
原作者
樹林 伸
Shin Kibayashi
1987年講談社に入社。「週刊少年マガジン」編集者時代に『MMR マガジンミステリー調査班』『GTO』などを手掛ける。漫画原作者として『金田一少年の事件簿』『BLOODY MONDAY』『サイコメトラーEIJI』などヒットを連発。原案を担当した『HERO』(木村拓哉主演)など、ドラマ化された作品も多く、近年では『ドクターホワイト』(浜辺美波主演)、『金田一少年の事件簿 』(道枝駿佑主演)、『ギフテッド』(増田貴久主演)などがある。『神の雫』は、日仏米の共同制作でドラマ化され、Apple TVにおいて世界第1位を記録。また、日仏両国でフランスワインの振興に貢献したことが高く評価されボジョレワイン騎士団の「騎士号」の称号、フランス政府芸術文化勲章シュヴァリエを受章。その他、歌舞伎の原作、市川海老蔵『石川五右衛門』や、ゲーム『ファイアーエムブレム if』シナリオを手掛けるなどその活動は多岐にわたっている。映画『BLUE FIGHT~蒼き若者のブレイキングダウン~』2025年劇場公開予定。
本連載では、漫画原作者、映像脚本家、映画監督、アニメ監督などを掘り下げ、「メディアを越境するクリエイターの原点」をたどっていく。記念すべき第一回は、樹林伸氏にインタビューする。樹林氏は、講談社「週刊少年マガジン」編集者時代に『シュート!』『金田一少年の事件簿』『GTO』など数々のヒット作を手掛け「週刊少年ジャンプ」を超える発行部数で黄金時代を築き、また、自ら執筆したノベライズ『金田一』は累計500万部販売を突破し、1995-97年のベストセラー小説ランキングにも乗るようなヒットメーカーであった。『神の雫』は、日仏米の共同制作でドラマ化され、Apple TVにおいて世界第1位を記録している。
樹林氏の携わったマンガ作品は累計2.5億冊を超えており、どれにも一度も触れたことのない日本人はいないのではないだろうか。
今回は樹林氏がどうしてマンガ編集者→原作者→作家と変貌していったのか。マンガからドラマやアニメ、歌舞伎などジャンルを越境するときに創作としてどんな点を意識しているのかを取材した。
#1-3(スポーツと創作意欲)
マンガは人々の想像の枠の一歩先へ。リアルとファンタジーのいたちごっこ(『エリアの騎士』)
―いろいろなジャンルで原作・編集としてヒットを飛ばしてきましたが、得意なジャンルというと何になるのでしょうか。
ミステリーについては相当長いことやってきましたから、やっぱりミステリーになるんですかね。ただ、最初からずっとヒットだったわけではなく、苦しい時代もあったんです。のちに『GTO』(1997-2002連載)でヒットしますが、藤沢とおるさんと『艶姿純情BOY』(1989-90連載)をやっていた頃は、なかなか芽がでなくて頭を悩ませていた時代です。
最初のヒット作でいうと大島司さんとの『シュート!』(1990~2003連載)でしたね。当時は何をやっても日本のサッカーが勝てなかった。就職浪人中のフリーライターの時代に、これからプロとしてJリーグができるという話を聞いていたんです。バックには博報堂が入っているとのことでこれはいけるな!と思って、大島司さんをひっぱって一緒に書いていったんです。当時は女性がサッカーをみる時代でもなかったからルールも知らないところから、色々教えながら描いていきました。
―『シュート!』はコミックス累計5000万部販売、『エリアの騎士』(2006~2017連載)は累計1300万部販売です。最近のサッカーマンガはかなり多様な作品が出ていますが、どう思われますか?
最近人気作が多いですよね。『ブルーロック』とか『アオアシ』とか。もうこれだけ世界中に注目されているスポーツで、多くの角度から作品が描かれているサッカーで大ヒットマンガを作るというのはなかなか難しいと思います。
『エリアの騎士』のころはまだ日本人が大活躍するような時代じゃなかったから、まだそこまで描けなかったんですよね。あれはどちらかというと『記憶する心臓: ある心臓移植患者の手記』(1998、KADOKAWA)に影響を受けて、兄の心臓を移植した主人公がその記憶を受け継ぎながら戦っていく物語を書きたかったんです。
―先日「アオアシ」原案協力の上野直彦さんにお会いしたのですが、一番影響を受けた作品として『シュート!』を挙げられていました。あの時代において中心はインターハイ出場に向けた超高校生級プレーヤーの話でしたが、ドイツ遠征でドルトムントユースとの闘いを描いていたのが斬新でした。
マンガのキャラクターってその瞬間、その瞬間での夢を乗せて描くんですよ。でも今のスポーツマンガの難しさは、現実がマンガを追い越してしまった。僕も久保建英が好きで、いつも今どうなっているのかなと映像でみるのが楽しみなんですよ。日本人がレアル・マドリードに入団して、欧州でスタープレーヤーになってしまった。古橋亨梧がスコットランドリーグでMVPをとってしまったり、90年代にこりゃマンガだよなと思いながら夢見ていた世界をすでに現実の世界が追い越してしまっている。
それでいうと野球なんてもはやマンガは書けないんじゃないかと思います。世界一の選手が日本人大谷翔平になってしまった。もうここまで突き抜けちゃうと、マンガにしたところで皆の夢をのせられるものにするのが難しいです。今もサッカーは好きですし、色々描いてみたいテーマはあるんだけどやっぱり現実のストーリーが面白すぎると僕自身が主人公に“のれない”感じがあるんですよ。そうやって妥協も含めてこんなものかなと仕上げた作品だとやっぱり結果的に売れないんです。
今回のプロジェクトの目的。30年間一度も手をとめなかったクリエイティビティの源泉
―これから先でまだ手をつけていない、書いてみたい分野というのはありますか?
過去について語っているんだけど、実はそれが結果として我々の未来を描いているような作品を書きたいなと思っています。時間軸を錯綜させるものだったり、それ以外でもアニメ作品などはもっと手掛けてみたいですね。
そして、今回のプロジェクトONEのコンセプトでもあるのですが、僕の原案をもとにいろいろなクリエイターに手を入れてもらい作っていきたい。
―UGC(ユーザー作成コンテンツ(User Generated Contents)の略称)ですね。
そうです。集合知でつくっていくようなモデルで広がりをもつような「創り方自体が新しい」もの。日本のアニメは世界でトップです。プロジェクトONEでは、TV局や配信プラットフォームの都合ではなく、クリエイターの情熱からスタートして、世界に発信していく、そんなチャレンジをしてみたいです。
―多ジャンル・多作品を手掛けられてきました。講談社の編集者時代(1987~1999)も独立してからも、「作らなかった期間」というのはあるんでしょうか。
無いです。40年近く手をとめていた期間はほぼないんです。今度クルーズ旅行にいこうと思っていて10日間完全に休暇をとる予定なのですが、それを準備するために春から夏にかけて集中して仕事をしているから、結局忙しくなっちゃってますね。
―あのまま樹林さんが講談社の中にいたら、どうなっていたのでしょうか?
僕自身は本当にマンガの編集をやってよかったと思っているんです。マンガの編集者って何やったって許されるんですよ。あんなに仕事の幅の広い仕事はないですし、少なくとも当時のマガジン編集部の雰囲気がそういうクリエイティブの幅を許容する文化をつくっていた。
でもそのまま会社員でいたら、編集長になって、局長になってと、出世するなかで創作からは遠ざかります。そして会社の中ではドラマとか歌舞伎とかこんなに散らした仕事はできないですよね笑。どうやったって、会社の中では今のヒット作をみてそれに近い周辺で仕事をしていくほうが効率的ですよ。
あと本来的には「ストーリーテラー」というのはマンガ編集者に求められる能力じゃないですから。ただ僕がやっていただけで。編集者としては「企画力」とか「組織の中で動かすバランス力」みたいなもののほうが大事です。その点、ストーリーテラーを生み出していくには編集者だけじゃなくて、別のこともやらないと難しいのかもしれませんね。
―そう考えると会社が中心でクリエーションをする時代が続くと、樹林さんのような事例がなかなか出にくいというのはあるんでしょうか?今後いろいろなジャンルからストーリーテラーが生まれてくるということはあるのでしょうか?
出版社も変わってきてますけどね。マンガだってリスクをおかしてちょっとずつ違うジャンルに手をつけないといけない時代になってきている。振り返ると、僕はやっぱりマンガ編集で得られた「人気をとる方法論」をわかっていることが大きかった。危なっかしいところでも、連載しながらこう手を入れていけばなんとかなる、という自信があるからいろいろなジャンルに手が出せたんです。
マンガ編集者以外でストーリーテラーを生み出せそうな優秀な領域は「ゲーム」だと思いますね。ゲーム開発はマンガよりも団体戦の要素が強いですが、あの巨大な予算のなかでキャラクターからストーリーから動かし方まですべてを設計する。だんだん巨大化して1人の人間が最初から最後まで学ぶ場ではなくなってきているかもしれませんが、「カメラ」を入れたり、ストーリーをつくる勉強の場としてはよいと思います。
―最後にお聞きしたいのですが「創作意欲の源泉」というのは、どういうところにあるのでしょうか?どうすればクリエイターはよいものを作り続けられるのでしょうか?
アウトプットですね。出し惜しみをせずに今自分がもっているものを全部アウトプットとして出していく。そうして出来上がった作品が成功し、空っぽになったから、逆にどんどんインプットしようという意欲もわいてくるんです。サッカーからヤンキーからミステリーからワインから、毎回テーマが変わるのは僕自身のインプットする対象がどんどん変わっているからなんです。そうやってインプットしたものをすべてアウトプットに変えていく、ということを続けてきて、ここに至りました。
プロジェクトONEでは、樹林伸氏書下ろしのショートストーリーをもとに、アニメ・パイロット版を一緒に制作するクリエイターを募集します。ショートストーリーの発表は12月を予定、募集詳細もあわせて、このWEBメディア「Ø ONE(ゼロワン)」でご案内します。
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